夫が出張から帰ってきました。
何日かぶりに。
でもまたすぐ出て行くというのですよ。
寂しくて悲しくて。
行くときには持っていなかった、人1人が入りそうな大きなボストンバックに、着替えやら身の回りの荷物を嬉しそうに詰めて。なんでまた出て行くのにそんなに嬉しいのか不思議でしたが、夫はものすごく明るく楽しそうに支度をして、待ちわびていた舅や姑との話もそこそこに出て行こうとします。もちろんわたしと話す時間もなく。
庭にその大きなボストンバッグを置いて、夫はわたしににこやかに手を振ります。わたしは玄関からそれを見送っていましたが、去り際に夫が放った言葉に耳を疑います。
「じゃあ、俺、彼女と暮らすから。月に1度は戻ってくるからねー」
「え?な...なに?」
冷水を浴びせかけられた気持ちになりながら、道路を曲がっていこうとする彼を追いかけようと、玄関の三和土に降り「靴...サンダル...ビーサンでもいいか...」と慌てて履いて、走って夫を追いかけます。
「こんな時は裸足で追いかけてもよかったよなぁ。こんなときまで履き物を気にしなくてもよかったよねぇ。でも裸足で外を走ると痛いしなぁ」
と、冷静なのか混乱しているのかわかりませんが、そんなことを考えている自分が、ちょっとおかしく思えました。
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角を曲がったところで、美しい女といる夫を見つけました。夫は慌てて逃げようとしていましたが、女はそれほど慌てていませんでした。小走りしながら「いやだぁ~なんか変なおばさんが追いかけてくる~ちょっと怖い~」と笑っていました。
そんな調子ですから、簡単に夫に追いつくことができました。
「なんですかー?」
という女に
「妻です」
と答えると、
「何の用?」
と、女はにこにこと尋ねてきます。
とても美しい女です。
普通に見かけるような美しさではないので、きっとモデルか芸能人か、よほどのセレブなのでしょう。丁寧に手入れをされた髪や、高そうな服をさっと眺めてそう思いました。
「どういうことでしょうか」
と、聞いてみると
「もう別れたんですよね?そう聞いていますし、いま家でちゃんと話もつけてきた、と聞いていますが」
「え?」
「だって、いま家に行ったでしょう?」
夫は逃げようにも、女がわたしと話しているので逃げられず、足踏みをしながらうろうろしています。そんな夫をにらみつけながら
「そういうことなの?」
と聞くと、夫は
「そういうことなんだよ」
と、下を向いて答えました。
女は楽しそうで不躾だった態度をすっかり消し、不思議そうに
「別れているのですよね?」
と、わたしに聞きました。
「あのね。この人家に帰ってきて、誰とも何も話さずに、荷物を詰めて、家から離れたところで、わたしに月に1回くらい帰るから、と言って逃げたんですよ」
今度は女が
「え?」
という番でした。
「そうなのですか?」
「そうなんです」
「そういうことならきちんと話をしましょう」
と2人で夫のほうを見ると、夫はすでに何メートルか離れていて
「俺は別にいいよ...話すことないもん」
と、逃げようとしていました。
「そういうことでしたか。ではわたしも一緒にはいられません」
と、女はスマホを取り出して
「あ、サカタさん?ユミですけど、あの伊豆のスパの取材は行けることなりました。はい。今日、これから行きます」
と話をしていました。
呆然とみているわたしに、電話を切った女は
「これから、わたしは仕事に行きます。ご主人とはもう会うこともないでしょう。事情を知らなかったとはいえ、大変失礼しました」
と言って、優雅にするりとお辞儀をしました。
思いがけずに簡単に話が済んでしまって、ほっとはしたものの、それは彼女と夫との話です。わたしが夫との関係を解決するためには、きっとこれから長いこと話し合うことになります。どう解決するにしても大変な労力と気持ちの浮き沈みがありそうですし、どこかで何かを決断することになるでしょう。興奮状態がおさまってきて、そんなことを思うと、ものすごい疲れが一気に襲ってきました。
普通の様子ではなかったのでしょう。心配そうに女が言いました。
「一緒に行きます?リフレッシュします?」
「行きます!」
思わず答えていました。
「いますぐ、支度をしてきます」
その時、夫はどういう顔をしていたのでしょう。もう夫の顔は見ていませんでした。女の美しい顔と指を交互に見ていました。
そのスパはとても豪華なスパでした。クリーム色の大理石とゴールドの内装が気分を上向きにさせてくれます。ああ、いいなぁ。こういうところ、ずいぶん来ていなかったよなぁ~
◇
ここで目が覚めました。
夢です。
展開がおかしいのは夢のせいです。
寝坊しました。
遅刻しました。
今日はここまで。
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