小学校5年生の娘が不登校になった、というお母さんのコミックエッセイです。テーマは不登校ですが、著者のほんわかしたイラストで気持ちよく読むことができます。大好きな本です。
このコミックは、学者さんや専門家や教育関係者が書いた本でありません。何かを学ぼうとか、答えをさがそうと思わずに読むのがよいです。
こうすべき
これが正しい
ということを主張している本ではないからです。
あくまで、著者であるお母さんが自分の娘と向き合った記録と、その時の気持ちをコミックにしたものです。
でも、ここにたくさんのヒントが隠れています。
不登校に限らず、人間関係や自分の気持ちの持ちようなどのヒントが。
ここからはわたしの意見や気持ちと、本の紹介です。
[広告]
困ったら相談だ
子どもが不登校になる。
どこに相談しますか?
ネットで相談をした著者は、いろいろな意見を見て迷います。
ネットでは両極端な意見から、雑談のような意見から玉石混交です。
どれを信じて良いのかは、読み手次第。
さらに、そこに正解があるとは限りません。
子どもはそれぞれ。親もそれぞれ。
不登校の理由も、学校環境も家庭環境もそれぞれ。
正解は1つではありません。
著者は学校の先生たちと、連携をとっていきました。
病院も利用しました。
こころのクリニックと小児科です。
小児科ではカウンセリングと体の検査。
「もっと早く来ればよかった」と思う著者。
これもまた、それだけ丁寧に見てくれる医者や病院があるかどうか、です。
医者や病院を探し、さまよい続けることも少なくないと思っています。
でも、だからといって、一人で悩んでいることはもっと大変。
人のイライラはその人のイライラ。あなたがうけとらなくていい。
これ!
これが一番、心に残った言葉です。
人のイライラはその人のイライラ。
あなたがうけとらなくていい。
「誰とでも仲良くできる」ということは、「何でも受け取ることができる」ということです。
たとえ誰かのイライラでさえも、「大丈夫」と、キャッチしてしまうのです。少しのイライラは受け取ることができても、あんまりたくさんだと、もう持つことができなくて、重くて、苦しくて、受け取ることができなくなります。そしてつぶれてしまいます。ボロボロです。
そうかーそうだったんだ。
わたしが昔、親しい人から言われたことと同じ。
「いい人でいたくて、人の悪意も受け取っていると、それが重くてあなたがつぶれるよ。あなたはそれほど強い人じゃないから、注意した方がいいよ」
って。
そうかーそうだったんだー。
人のイライラは人のイライラ。
わたしは受け取らない。
うんうん。いまはそうしてる。
たとえるのならばー72日目
アザラシでたとえるのなら。
怪我をしているアザラシを、普通のおばさんが、消毒して、薬を飲ませて、餌を与えて、すぐ海に帰そうとしても、アザラシは元気よく帰るものではないのです。
そりゃそうです。
でも、やるだけやった!というおばさんは
「あれ~?なんで泳がないの?魚いっぱい食べたでしょ?」
と、不思議がる。
まだ、そういう段階じゃないのですね。傷はもっと深くて、泳ぐだけの体力も全くなくなっているのかもしれません。
傷がどれくらいなのか、泳ぐだけの体力はあるのか、は、普通のおばさんにはわからないことがあります。
それを怒ったり、ひきずっていっても、いいことはありません。
端で見ているよりも、海に帰れないアザラシちゃんはボロボロなんですね。
「お母さん娘さんを学校に行かせないでください」
「お母さん娘さんを学校に行かせないでください」
「もし無理に行かせて万が一のことがあったらどうするですか」
これ、最初のほうに出てきます。電話相談でお母さんが言われる言葉です。いま、電話相談でもそこまでハッキリと言うんですね。ズシンと来ました。
確かにそう。
学校に行くことは大切ですが、一番大切なことは、生きていること。それも本人が楽しいと思って。
体に変調をきたすくらいなら、学校は二の次でいいかな、と思っています。
もー死んじゃいたい -172日目
いい調子で元気になってきて、保健室登校も順調。友だちと商店街のイベントにも出られて、教室で1時間授業も受けられた!ああ~もうすぐ?もうすぐ?と、高まる期待。
ところが、また
「学校行くのヤダ」。
保健室登校の帰りに、娘が言います。
「もー死んじゃいたい」
ここはなんだかお母さんすごい。
ぶちきれます。
私たちは疲れている
でも、そのお互いにぶつけ合うパワーは、きっとお互い伝わったと思います。
おわり
ふとしたときに時々読み返しています。
悩んだりぐるぐるしている時に読むと、肩の力が抜けてきます。
「人のイライラはその人のイライラ。あなたがうけとらなくていい」
は、座右の銘にしようと思っています。