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おうつしかえ

ブヒブヒ言ってるだけです。誰も恨んでいません。

ほんとうは贈りものが苦手だったという話

思う・考える・学ぶ

もらったりおごられたりがちょっと苦手。

 

親族やうんと近しい人ならいいんだけど、そうでない場合はちょっと困ってしまいます。

 

だから、プレゼントとかももらうのはちょっと苦手なのです。そこに何か対価は必要なの?と。食事をご馳走してもらうということも同じ。それは何か思わなければいけないの?と。

 

もらいっぱなしってどうなのかな、おごられっぱなしってどうなのかな、って勝手にあれこれ思って、勝手に疲れてしまうのです。

 

だから、できるだけ割り勘。

できればわたしがおごりたいくらい。

 

大人になりましたし、社会常識としての「おごられるマナー」的なものわかっています。何が何でも、断固として、こ・と・わ・る!という頑固さはもうありません。

 

あきらかに年上だったり、あきらかにわたしよりも裕福だったり、その店が自分のお店だったり、そのプレゼントをわたしに渡す意味があったり、何かわかりやすい理由があればよいのです。でもそうでない場合はいまでも辞退したい気持ちになることがあります。

 

ありがたいと思いなさいよ。

そう言われているようで、そういう善意が重苦しい。

 

贈ってくれる人は、そんなこと思ってないんですけどね。多分。

 

正当な商行為ならよいのです。すっきりするのです。でもそこに「あなたへの」善意が混ざっているようでもやっとします。

 

でも贈りものをする側はそんなことを考えていないんだろうな、高級な人なんだろうな、と、僻んでいるような感じすらして自己嫌悪。

 

 

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もらうばかりも気がひけるのです。

 

会うたびにちょっとしたお菓子を贈ってくれる人がいます。彼女とのつきあいも途中はちょっと重かったような気がします。同年代ですからもらってばかりではいられません。お返しをしなくてはいけません。余計な費用もかかります。わたしお金なかったし。

 

「何もお土産いらないですからね」「手土産なしで」と何度か言ったこともありますし、「一切お返しをしなければ、相手もくれなくなるかな?」と貰うままにしていた時期もあるのですが、彼女は変わらずいつも手土産を用意してくれています。

 

やっぱり気持ちだけでも返したい。

 

彼女はなんでも持っていますし、豊かな生活をしていますし、彼女の趣味についてはわたしは詳しくないので細かいところがわかりません。ですからお返しの品、どうしたらよいのか迷いに迷って、いつも「ええい」と買って贈ります。

 

自分なりにあれこれと考えて選んだつもりで贈っています。限られた予算の中で。彼女はいつも喜んで受け取ってくれます。「ああ、よかった」と思いますが、その後の「おいしかった」という感想はいただけてないような気がしますが、仕方ない、それがわたしの限界です。

 

 

「会うたびに」ではありませんが、2-3回に1回くらい手土産をくれる人もいます。これまた「えー何もくれなくていいのにー」って思っていました。

 

こっちの人のほうが、比較的言いたいことを言える相手なので何度か「何にもいらないよー」って言ったこともあります。

 

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でも、その人がくれるものは本当にくだらないものや、ジャンクなものだったりするので、最近はもらってその場で一緒に笑って終わらせちゃったりしています。

 

わたしもたまに変なものや、気になるものを見つけたらあげたりしています。

 

贈りものは嫌いではないと思うのです。でもお金と心に余裕がないときはちょっとしんどかった。少し余裕ができてきたら、楽しめるんじゃないかな、と思っています。

 

 

どちらの人ともつきあいが長くなっていくうちに「ああ、相手へのお返しを考えるところまでが相手を思う気持ちなんだな」と思ってきました。

 

でも、いまでもお金と心にそれほど余裕がないので、できるだけそういうお付き合い相手は少なくしておきたいところです。

 

 今日はここまで。

今週のお題「おすすめの手土産」

  

 

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