このところ体調不良で、いや、体調不良になる前からもう、壊滅的にやる気が起きてなかった気がしますが、ちょっとしたことが捗らない毎日。最低限のことはやっていますが、社会的に必要なことはやっていますが、プライベートなことや今すぐ必要ではないことは手もつけたくない感じです。縦の物を横にするのも面倒な感じ。
具体例を挙げればきりがないけど、例えば、電池の切れた壁掛け時計に単三電池を入れるのも面倒でそのままにしてしまっていたり、カレンダーは1月のまま。つぶした段ボールを資源ごみに出すのも面倒でチェストの上に放り投げて、週1でやっているルーチンの掃除も手抜きがち。靴ははいたまま玄関に出しっぱなしだし、服や下着も同じものを洗っては着て洗っては着てと、同じものばかり3セットを回して着ている日々。化粧ブラシやパフは週1or隔週1で洗っていたけど、そういえば今年は1月の最初に洗ったっきりになっている。箱根駅伝を見ながら洗ったのが最後かも。もう1回洗ったかな、どうかな。
[広告]
掃除や洗濯の頻度については、人それぞれで「そんなにまめにやらないよー」または「えー不潔-」と思う尺度が人によって全然違うと思うのです。だから「気にしすぎ」「怠けすぎ」「良い」「悪い」ではなく「自分がこれまでまあまあ苦にならずにやっていたことがやれなくなってきた」というところにうっすらとした恐怖を感じたという話です。「自分がこれまでまあまあ苦にならずにやっていたことがやれなくなってきた」というところにうっすらとした恐怖を感じたという話です。←大事なことなので2回書きました。「ああ、歳を取るってこういうことなのね~」と思ったりしました。年齢を重ねるってことはそういうことなのか、と。
何かが不調なのか、バランスが取れていないのか、うっすらと不安うっすらと恐怖。
どこかで何かをあきらめなくちゃいけないことは、いつもいつでも起きてくるわけです。見た目ほど体が丈夫ではなかったわたしが、毎日をそれなりに生きていくにはセーブも必要なこともわかっています。ティーンの頃のように走って走って突っ走って、いきなりバタッと倒れるような生活はしてはしてはいけない。もう誰も助けてくれないし、それ、いまのわたしがやってもちっとも健気でもなければ可愛くもないから。
で、今のわたし。何もできないのか、というと、そうでもありません。ご存じのようにブログは書いていたり、おいしいものを探して食べていたり、サッポロ一番を醤油、塩、味噌と3パック買いして、朝ラーメンしたり、ツムツムは無課金ですがまめにプレイしていたり(LINEディズニーツムツム2周年記念イベント、とっととクリアしたよ)します。
だから気力全部がなくなっているわけではないと思います。ちょっとだけ落ちちゃった感じなのかな。体調も不調だったわけだし。こういうときは、焦らずあがかず落ち込まず、がいいよね。そう、焦らずあがかず落ち込まず。
でも、結果としてそういう気持ちになれたのは、今朝の目覚めがここ最近で一番よかったから。復活の気配がしたから。
なにやらちょっとだけやる気が出ていたのです。少しだけ。朝、動いていない時計を見て「いまなら電池を入れようって気になるな」と思い、カレンダーをめくり、咳は出ているものの、久しぶりに頭も気持ちもすっきりとした朝でした。
こんな風に自分の回復を実感したのも初めてで、いくつになっても「初めて」ってたくさんあるなーと思いました。そうですね。まだまだ初めてのことはたくさんありますね。きっと。
今日は久しぶりにやる気に充ち満ちて起床でき、きちんと朝食をとり丁寧に歯磨きし身支度も調え、楽天とamazonとツイッターを巡回するという何も生産しない午前中を過ごし、あと30分で正午をお知らせします。
— ばんばん (@banban201405) 2016年2月10日
「壁に掛かっている時計を止まったままにしてはだめよ」
ということは母の教えです。
「動くものは動く状態にしてあげてね」
それが何となく身についているので、止まったままの時計は気になっていたのでした。
今日は電池を入れることができそうです。
今日はここまで。
[広告]
■合わせて読みたい