新築マンションを販売するときは、建物ができあがる前に販売するほうがいいわけです。建物ができあがったと同時に引き渡しができ、業者側は余分な金利が必要ありません。ですから、新築物件は、敷地外にモデルルームを作ったり、敷地内の一部にモデルルームを作ります。
それでも売れなかった部屋がある場合は、下層階から完成させて、その一室を先駆けて住める状態に壁紙や床材を貼ったりして整備し、建物内モデルルームを作ります。
竣工して建物の建築がすべて完了しても、さらに売れていない部屋がある場合は、実際の部屋の1つをモデルルームにします。
このお話はそこで起きたできごとです。
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東京のとある中規模マンションです。立地は悪くなかったと思ったのですが、価格が強気すぎたのか、それとも何か他に問題があったのか、売り出しと同時に3分の2は売れましたが、そのあとの部屋がなかなか売れずに残ってしまいました。
建物内モデルルームを作りましたが、それでも残ったお部屋があり、そのうちの1つをモデルルームをして、地道に売っていくことになりました。
チラシをまいたり何かイベントをしているときや週末は、パラパラと来訪がありましたが、それ以外は、もうお客様の来訪はほとんど来なかったので、電話番がわりの案内係として一人だけそこに常駐することになっていました。
そこにわたしがいました。
滅多に人が来ないので、空いている時間はうとうとしたり、本を読んだりして過ごしていいということで、悪い条件ではありませんでした。
普段、あまり怖いことには気がつかないようにしています。できるだけ清廉潔白に生きていようと思っています。悪い心が悪いことを呼び寄せると思うので。
でも、何やら立地に曰くのあるところに、たまたま派遣されてしまうことも多いのです。そのマンションは立地的な大きな問題はなかったのですが(少々問題はあったのですが)どことなく違和感がありました。いやだなーこわいなー。ですから音楽をかけたり、できるだけいいことを考えて過ごすようにしていました。
その日は何となくどんよりとしている日でした。天気は悪くないですが、なんというか空気がどんよりとしている秋でした。
誰もいないはずなのにエレベーターが動きました。
電気系統の問題なのかな。
それとも業者さんとかが?
そう思っているうちに
タタタ
えっ?
天井を誰かが歩いているような音がします。
タタタタタタ ドンドン
誰かが歩いているような音がします。
一人ではありません。
複数人の。
時折、走り回るような感じで。
タタタタタタタタタタタタタタタ。
オートロックなのです。
勝手に入れないのです。
さらにそれぞれの部屋にはそれぞれ鍵をかけています。
売り物である部屋に来訪者が勝手に入れないように。
すでに売れている部屋に第三者が勝手に入られたら困りますし。
ですから部屋から音がすることはあり得ないのです。
でも
ドンドン ドスン タタタタタタ
えっ?
何?
耳を澄ますと音は聞こえなくなりました。
気のせいかと思って本を読み出すと、また音がしました。
タタタタタタ
えっ?
どのあたりから音がするのか様子を伺ってみましたが、どうやらベランダに面しているリビング側で、確かにドアの外ではなく、部屋から音がしている感じがしました。
真上の部屋は、わたしがいた部屋と同じく、まだ売れていない部屋です。
なんで?誰もいるはずないのに。
そして、わたしのいる部屋の玄関ドアが開く音がしました。
かちゃかちゃ すー
オートロックの玄関のインターホンを鳴らさないと、この扉をあける人はいないはず。
びくびくしながら、玄関をのぞくと
「お疲れ様です~」
来たのは女性社員でした。
ほっ。
「あ。お疲れ様です~」
「これ、差し入れです。食べてね」
シュークリームとエクレアを持ってきてくれました。
「紅茶を淹れるので一緒に食べませんか?」
「いいねー食べよう食べよう」
ちょっとでも誰かと一緒にいたかったのです。
紅茶を飲みながらエクレアを食べました。
仲の良い社員だったので思い切って
「あの。ここって、いやな感じとかしないです?」
と、聞いてみました。
「あー。ないない。わたしそういうの感じないし」
「そうですか」
「何かあったの?」
「さっき、上の階を歩く音がして」
「 上の階には誰も入れないよ」
「ですよね。でもはっきり音がしたんですよ。エレベーターも動いていたんですよ」
「えー。それ怖いねw でも、わたしもう帰るよ」
「あ。はい。ごちそうさまでした」
帰る女性社員を玄関まで見送ると、彼女は言いました。
「何かがいたりして?」
「やめてくださいよー」
「じゃあね」
「はい。お疲れ様でした」
ドアがしまって、わたしがリビングのほうに振り返ったその時
ガチャ
ドアが開きました。
女性社員がにやにやしながら立っていました。
そして言いました。
「あのね。今日、現場監督が部屋を点検しに来るって言ってたのよ。だから、多分それだと思うよ。行きにここに寄らなかったんだね。終わったらここにも寄るんじゃないかな」
「早く言ってくださいよ~」
少しだけホッとしていました。
監督なら全ての部屋の鍵を持っていますし、あちこち点検しているなら音がしてもおかしくないし、エレベーターも使いますから。
音は時々していましたが、できるだけ気にしないようにしていました。でも、監督がこんなに走り回ることあるのかなぁ。
夕方になり、夕日の西日がうっすら入るようになると、今度は男性社員がやってきました。
「お疲れっす-」
「お疲れ様です」
「何か変わったことはありませんでしたか?」
「はい。今日も来場者や連絡はありませんでした」
「そうですかー。ちょっと残念w」
「今日は現場監督が来ていたそうで」
「それね」
「ええ、部屋を点検するとか。女性社員から伺いました」
「いや、連絡しようと思っていたんだけど」
「結構、下の階に音って響くんですね。足音とかびびりましたよ」
「いや、そうじゃなくて。それ、延期になったんだよね」
「えっ?」
「今日は監督は来てないよ」
「えっ?じゃ、他の誰か?」
「今日は誰も来てないよ」
◇
その後、監督が来たときにお願いして試してみました。
上の階で走り回ったら、どれくらいの音がするのか。
カーペットを敷いているためか、全く音がしませんでした。
走り回っていたのは何だったのでしょうか。
今日はここまで。
今週のお題「ゾクッとする話」
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