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おうつしかえ

ブヒブヒ言ってるだけです。誰も恨んでいません。

「離婚しちゃいなよ。あんなヤツ」りこんみち 母さんは覚悟をきめたよ[古野崎ちち子]を読んで思い出したこと

古野崎ちち子「りこんみち 母さんは覚悟を決めたよ」

読みました。

 

タイトルがもうすでにドキドキするタイトルですが、中身もドキドキします。

「覚悟を決めたよ」です。

決めちゃったんだー

りこんみち 母さんは覚悟をきめたよ

りこんみち 母さんは覚悟をきめたよ

 

 

ちち子40代、夫のヒロシも40代。

二人の子どもは娘で中学生と小学生。

そして猫のミーコ 。

 

この手の「主に実話」の話を読むと、どっちがいいとか悪いとか、努力が足りないとか、じゃあなぜ結婚したんだ、という気持で読みがちですが、ここに書かれていること以外にもたくさん事情はあるでしょうから、こういう離婚の話の場合、どちらが悪いと読まずに、組み合わせの間違い、歯車の食い違いかたを読むようにしています。

 

そして父を思い出しました。

父の忘れていたエピソードをいくつか思い出しました。

 

ですから、ここからはカテゴリの読書感想文ともかなりかけ離れているんじゃないかと思います。わたしの思い出自分語りです。

 

 

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「離婚しちゃいなよ。あんなヤツ」

と、長女は母のちち子にいうわけですが、

「離婚すればいいのに」

「何で離婚しないの?」

と、わたしも母に何度も言いました。

 

ヒロシは働かずに引きこもっています。一緒に暮らしている家族は小声で話したり、小さくなったりせざるをえません。

 

ああ。そう。そうなの。その感じ。その時の気分を思い出しました。すごく嫌でした。そういう家が嫌いでした。なぜ母が小さくなっていたのか、なぜ母がどうにかしないのか、なぜあんな生活できないヤツのためにこちらが遠慮しなくてはいけないのか。世界は自分のために回っていると思いたかった子ども時代の最大の謎でした。

 

ヒロシは引きこもって、そして少し家出をして、ということですが、わたしの父は引きこもったあと、出かけ、しばらく帰ってこず、その間ギャンブルをし、しばらくして借金を増やして帰ってくる、そんなことを繰り返していました。

 

家にいて昼間っから酒を飲んで寝ている父がいるのも嫌でしたし、いなきゃいないで、外で何をしているかわからないのでそれも心配。

 

そんなことをしていたら成り立たないんですよ。生活が。ギャンブルなんか勝てるわけもないんですから。

 

ですからいつも暗い沼のフチにみんなで立っているような気がしていました。暗い沼のフチで歌を歌って、踊って、楽しそうにやっていても、目の前をちゃんと見れば、真下には沼があるんです。そしてそれはいつ誰を飲み込むかもわからない。でも背を向けていると、そんなふうには見えないし何となく忘れてしまえば、その瞬間瞬間は不幸せではないように、沼から目を背けている、そんな感じでした。あれ?こんなふうに文字にするとすごく不幸な感じもしますが、ええ、フチで沼のフチで楽しく歌ったり踊ったりしていましたよ(・ω<)テヘ

 

父は依存体質だったと思います。

ギャンブル依存。

アルコール依存。

ニコチン依存。

 

晩年、父はアルコールと煙草はやめられましたが、死ぬまでギャンブルはやめられませんでした。

 

わたしは父によく似ていると思います。そういう依存体質的なところが。

 

ですから、今でもそのあたりは注意を払っています。ギャンブルとか薬物とか酒とか、何かに強くはまったらやめられない自信はあります。

 

父は幸いなことに薬物や違法なことには手を染めていませんが(これが本当に幸いなことですが)家庭人、社会人としては本当にだめな人だったと思います。

 

父の外面はよかったのです。学歴も家柄も。そのために時には母が悪者になったりもしていました。

 

大きな借金を抱える父は当然、きょうだいたちに頼ったり報告をしなくてはいけないことになります。そうすると親戚達から母が責められます。母がちゃんとしないからだめだという話になります。それをわたしはとても理不尽に感じて憤慨していました。そして早く大人になりたいと思っていました。お母さんに酷いことを言う人に言い返してやる!

 

母から「わたしが何を言っても聞かないから娘のあなたが言ってみて」と言われたことがあります。「かわいい娘の言うことなら聞くかもしれないから」。かわいい娘?そんな風に思っていたらこんなふうになってないでしょ?と、呆れました。でももしかしたら、ちゃんと話をすれば父も解ってくれるかもしれない、変わってくれるかもしれない、そう思って父が落ち着いているときに、何回か丁寧に話をしてお願いもしたことがあります。鼻で笑われましたし、結局何の効果もなく、父は変わりませんでした。

 

後に、大人になって、母に、細かさや非情な追い詰めを感じたり、自分も含めて人間の弱さみたいなものを感じたときに、初めて

 

確かに父は悪い。平気で嘘もつくし人も騙すし責任感もなかった。だから家庭人としては母が悪いわけはない。父が悪い。でももし別の組み合わせだったら。もし、父が別の人と結婚していたら、ちゃんと生活ができた可能性はある。それは誰にもわからない。

 

と、思いました。

 

組み合わせが違っていたら、違っていたのかもと。それはわかりようもないのですが。いつも何となく思っているのです。結婚って組み合わせだなって。

 

モモちゃんとアカネちゃんです。 

パパは歩く木

ママは育つ木

同じ植木鉢の中では生きられないのです。

 

良い組み合わせでないと思われても、それを我慢して生活することもあるでしょうし、別々の道を選ぶこともあるでしょう。どちらかを選んでも正解なんだと思います。どちらを選ぶしかないわけですし、両方選べませんし。

 

書籍に話を戻すと、

ちち子さんは強い。

言いたいことも言っているし、喧嘩もしている。

 

そして

「えええ?その終わりかたーーー」

という感じです。

 

続編があるのかもしれませんが。

今日はここまで。

 

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