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おうつしかえ

ブヒブヒ言ってるだけです。誰も恨んでいません。

ブログを毎日書くのは大変だけど、毎日書いていた方が楽に書けたな

はてな 思う・考える・学ぶ

とりあえずブログを毎日書いてみようと思って毎日更新。約2年。毎日更新していたのは毎日更新することで何か気がつくことや見えてくるものがあるかと思ったから。

 

「飽きっぽい」がコンプレックスのわたしにとって、取るに足らない何かであっても、その何かを続けることは、それだけで自分にほんのちょっと自信がついたり自分の中で誇れることにつながったりする。

 

だから誰からも褒められなくても強制されなくても続けてきた毎日更新。中身がそれほどないこともあったかもしれない。写真がクソだったこともあっただろう。でも自分の日記だもん。ブログだもん。と思ってやってきた。書くことは好きだから。

 

だからといって手抜きで読み手を考えずに勝手に書く日記とは違う。ブログとして書くからには書く以上は、役には立たなくても、読んでくれた人がそれなりに楽しんだり、何か思うことができるものをと思って書いていた。

 

 

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お菓子やアイスのレビューでも写真やカロリーを並べて「食べました」じゃなくて、そのお菓子を選んだ理由や、そのお菓子から連想した思い出なんかをちりばめた。自分の記憶や感情をいつも掘り起こしてきたつもり。だってそうだよね。何か食べるとそれによって感情が揺れ動かない?いろいろなことを思い出さない?思いつかない?元気出ない?泣きたくならない?あれ?そんなことない?そんなことないよねぇ。あるよねぇ。

 

そこを書いていきたかった。つまらないものや取るに足らないものにも目を向けて、書いていきたかった。はてなに来て一番最初に感じたのがそれだから。はてなカルチャーショック。おぅ。そんな小さなことをちまちまと書いていてもいいのか、と。

 

 

ふんわりお菓子の話じゃなくて、どろどろとした感情や煮えたぎる怒りを、そのまま書きたい気持もなくはなかったけど、自重。多分、それを後から読んだら後悔すると思ったから。書いたことを後悔すると思ったから。

 

毎日続けるにはそれは悪手だ。消化し切れてないことを思いのままぶつけて書くこと。それは傍目には面白いしインパクトはあると思うし、わたしはそういうブログを読むのが大好きだけど、ひっそり読んでいるけれど、多分わたしは自分の傷口について書くことでまた傷つく。後日自分が書いたものを読んで傷つく。何より書いてしまうことによって、自分の中で怒りや悲しみの感情が確定的になってしまうことが怖い。

 

書いてしまうと「たいしたことないもーん」「わたし不幸じゃないもーん」と笑い飛ばせなくなってしまう。怒りや恐怖や怨みの気持ちが自分の中で確定的になってしまう。それはもうできるだけ避けたい昨今のわたし。だから自分の中で消化できていないこと、かさぶたが固まっていないことは無理に書かずに、多少ひっかいても大丈夫になるまで待つ。大きな傷口を自ら開くようなことはできるだけしないようにしてきたつもり。でもブログってそこを勢いつけてそのまま書くのが面白いんだよなぁ。きっと。

 

 

スターがついたりブクマがついたりするのは嬉しいこと。最初はスターが嬉しくて。それから驚くほどブクマがついて感謝。で思わぬことが思わぬところで拡散されて意図しない風に受け取られたり。仕方ない仕方ない。一度手を離れたものは、放たれた矢はもう自分ではコントロールできないから。

 

スター返しとかブクマ返しとか考えたことはなかったから、お返し的なことはしないんだけど、時々ふとスターやブコメを辿って相手のブログを見に行って、それが自分の求めている文章だったりすると「おぉ」と思って読者登録したり、スターやブクマをつけたり。多分お返しを求めてスターやブクマをつけてくれた人はガッカリしたと思う。ごめんよ。

 

ブコメをつけないけれど、ちょっとタイミングがずれたときにスターをつけてくれる人なんかがいると、ああ、きっと読んでくれたんだな、と心がほわっとすることがある。ブクマとかブコメとかが欲しかった頃もあるけれど、今のわたしはそれはどちらでもよくて、という仙人的な気持ちにもなっている。うん。これが大人になるということなのかな。はてな大人。はてな婦人。

 

スターもブクマもつけないけど読んでくれていた人もいたと思う。毎日日更新やめても、更新が滞っても、誰からも何も言われないけど読んでくれている人はいると思っているし思いたい。それも極論してしまえばどちらでもよいことなのかもしれない。

 

 

毎日更新は、やめてみてわかった。

「結構大変だったんだな」と。

 

できるだけ自分の環境を特定されないように、でも「感情は表して書く」って、思ったよりも大変だった。家族のことも親以外のことは書かない。親のことはいいんだ。だって親はみんないるでしょ(いたでしょ)。きょうだいは「きょうだい」と書く。それ以外は極力出さないで書く。それは思ったよりも大変だった。自分防衛ラインをかなり内側に引いていて、当初フェイクも入れてた。嘘情報も入れたことあるけどそれは消した。ちょっと違うかなと思ったので。1年くらい経ったら防衛ラインを10cmくらいここまではいいか、これはいいか、と、ずらしてみたりしたけど、基本ルールは変えずに来られた。よくもったーわたし。

 

できるだけ自分が置かれている、所属している環境については書かずに、思っていることを書くことにはいくつか理由があるのだけど、その1つにストーカー的なことがある。以前も少し書いたけど、リアルとネットと両方。リアルのストーカーのほうは、強い身の危険を感じたし、わたしだけでなく家族の身の危険も感じた。警察やしかるべき機関に相談もしたけど、夜逃げのような引っ越しをして無事消滅。

 

初期の頃はブクマもTwitterのリフォローも男性は限りなく厳選してた。今でも公式以外、男性には自分からフォローしに行くことはほほない。スマホの位置情報サービスなんかは日常的には切っているし、今でも曜日や時間によって同じ行動をしないように気をつけている。駅を変えたり、車両を変えたり、道を変えたり、時間も微妙にずらして歩いたり。自意識過剰?でも自己責任とか言うでしょ言われるでしょ。だからそこは自己責任で守っているつもり。

 

話が逸れたわ。

 

 

で、毎日更新をやめたら、すっごく楽だった。「あー今日、別に書かなくていいのか」って。でもそうやっていると、明日も、そのまた翌日も、別に書かなくていいの。雑記ブログは別に書かなければいけないテーマはないので。

 

何かに特化したり、何かを知らしめたり、何かを啓蒙したいというブログは別だけど、雑記ブログは書かなくてはいけないというものが弱い。わたしは弱い。だから、書かなくなると、すぐ書けなくなっちゃった。書かなくていいから。

 

書きたいものはたくさんあるんだけどなーって思っているうちに昨日も今日も終わってしまった。書かないうちに。そんなふうに過ごしていると、書き始めるのが大変になってきちゃう。何だかハードルが上がってきた感。自分の中のハードルね。

 

書かないのは楽だけど、今度は書き始めるのが大変になってきちゃった。

 

毎日書いていた方が楽に書けたなーって。

 

はい。

やっとタイトルとテーマに辿り着きました。

 

毎日書くのは大変だけど、毎日書いていた方が楽に書けたなー

という話でした。

 

今日はここまで。

 

ミドリ 日記 鍵付 天使柄

ミドリ 日記 鍵付 天使柄

 

  

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